心理士編。スペシャリストの過去を紐解く。

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心理士のキャリア軌道を追う

今回はスペシャリストが自身の過去を振り返る記事の第一弾です。ビューズの講師で臨床心理士/公認心理師の高田さんに、どんな学生だったのか、心理士を志したきっかけ〜現在にかけてを話してもらいました。

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知識欲の強い幼少期を経て

私は、昔は完璧主義で要領が悪かったんです。学生時代は、テストで100点を取っても「教科書を全て理解しているわけではない」と考えて、喜べない子供でした。ただ、とにかく学ぶことが好きで、勉強することが全然苦ではなかったです。小学校4、5年生くらいの頃ですが、誰かに頼まれたわけでもないのに、ものすごく勉強をしていました。

それも深夜2時3時まで(笑)

当時、小学校で自習ブームみたいなのがあって、自分で自習して「これだけまとめてやりました」って先生に見せて自己満足していましたね。ともかくいろんなことに好奇心があり、得意不得意に関係なく何かを学びたい、知識入れたいみたいな知識欲が強い子供でした。

 

心理学という学問との出会い

実は当時、何かになりたいっていうのがなかったんですよね。ただ、自分の気質的なところでとにかく物事を考えるのが好きでしたので、小さい頃から大人の話を聞いたり、周りの主張などを聞いている中で、「何で意見が異なってぶつかり合うんだろう?」とか、「なぜこういう考えなんだろうか?」と、疑問を持ちその背景をよく考える子供でした。

高校進学を考えていた時期、たまたまポストに「高校留学しませんか」ってDMが入っていたんです。

英語を学んでいたので、「留学もいいかもしれないな」と思い始めたんですよね。結果としては受験に合格したので普通科の進学校に入学したのですが、高校1年生の頃に心理学という学問があることを先生から聞いて、「アメリカでは(当時)日本の50倍ぐらい先を行ってるんだよ」と聞いた私は、その時「あ、これ私の進むべき道だな」と即決的に思いました。

 

心理士を目指す根底にあったきっかけ

心理学という言葉と、アメリカは進んでいるということを耳にした時、留学に対する目的が合致したんです。

それともう1つ心理学にピンとくるきっかけがあったのですが、私は常々周りの人たちを見ながら「どう考えてどんなふうに会話が成り立っていくのか」を分析的に見ていた習慣があるんですけど、ニュースなどで少年による事件などをみた時、メディアでは事件を起こした少年について「昔はこうだったのにどうして」などと言っている。

でもそれって突然起こることじゃないよねって思っていたんです。その人が育っていく中で、「何かしらのサインはあったはずだし、何かきっかけがあったはず」と、やりきれない気持ちでモヤモヤしていました。

だからと言って当時の私に出来ることは何もないので、世間にも自分に対しても腹立たしいと葛藤していたこともあって、心理学の道が「自分の進むべき道だ」というふうに思えたのが背景にありますね。

準備期間を経て、満を持して渡米

高校を卒業してからアメリカに渡る前に、1年半ほど留学準備を行うスクールに通いました。そこで英語耳を鍛えたり、会話も全て英語で行い、タイピング練習やペーパーを書く練習もしてからアメリカの4年生大学に入学しました。

当然向こうでは全て英語なので大変でしたね。教科書がとても分厚く字も小さいですし、1回の課題がめちゃくちゃ多かったりして、寝る間もないほど課題に費やしていました。

2年生か3年生ぐらいの時には副専攻をつける、つけないというのを考える時期があり、私は元々絵を描いたりするのが好きだったのでアートセラピーを選択しました。ここでも完璧主義の名残りが出てしまい、結果として余計に時間がかかってしまいましたが(笑)

そうして卒業が近づいてきた頃に、心理学という専門分野で働くうえで一体何ができるか?ということを考えると、心理学は範囲がとても広く、人が存在しているところに心理学はついてくるので、「一本に絞り、専門分野を深く掘り下げないと出来ないんじゃないだろうか?」という疑念が浮かび、大学院を考え始めました。

 

自問自答や葛藤の末に導き出した答え

本当は臨床心理士のコースに行きたかったのですが、アメリカの臨床心理士は基本的にドクターコース(博士号)なので、大学を出てからさらに6年ぐらい必要とのこと。どうしようかと考えていたそんな時、アメリカでメンタルヘルスカウンセリングのマスターコース(修士号)というのが広まってきた時期で、それが2年半コースで臨床心理士と内容はほぼ一緒。ただ、ドクターではないからお薬だけ扱えないという修士号でしたので「よし、それでいこう」と思って。

ただ、高校卒業〜大学院となると同級生はみんな働いてるわけですよね。さらには学費も追加でかかる。だから世間体としてもそうだし、親への申し訳なさもあってとても葛藤しました。「どうしよう、どうしよう」って。そんなとき、ある方からふっと背中を押されるような一声をいただき、その声が救いとなって挑戦することを決意しました。今でも本当にその方には感謝しています。

 

大学院、そして実際の現場へ

先生から「君は人の話を聞いて、本質を捉え観察して進めるのがすごく上手だね」というフィードバックをいただいたんですね。そこで勧められたインターンシップ先が大学内のカウンセリングセンター。アメリカでは大学内のカウンセリングセンターは、ものすごくハードルが高いと言われているんですよ。

理由は、多感な学生たちが子供から大人になる転換期で、メンタルの症状を発症しやすい時期であり、同時にアメリカ文化特有の急速な精神的、経済的自立を求められるため。

その時期にカウンセリングをするというのはものすごく大事な役割でもあり、難しいと言われていて。そこに「あなたを推薦します」と言われたんですね。

 

大学内のカウンセリングセンターにて

カウンセリングセンターにはフルタイムのカウンセラーが6名ほどいました。自身のクライアントのことはきちんと各自で行なっていくことが前提ですが、チームで相談や共有をし合うこともでき、そうした環境はとてもやりやすさを感じましたね。その一方で大変だと感じたことは、まず1つ目は、学生たちの不安定な時期ということもあって、自殺願望や他殺願望の強い人たちも多いんですよ。

アメリカはリスク対応には法的に厳しく、銃社会ということもあってリスクアセスメントの重要度が高く、当番制で24時間対応できるようにポケットベルみたいな物を持っていました。夜中に「ピピピ」って鳴ったら警察と連携してアセスメントを取らなければいけないので、緊張感も常だし本当に休まらなかったです。

また、他殺願望の場合は第三者の命が関わってくるので、クライシスアセスメントを取り「大丈夫」と判断して帰した後で、「本当に帰してしまって大丈夫だったかな」と、不安でそわそわしたことが2度ほどありました。

それともう1つは、やはり第二言語(英語)でカウンセリングを行なっていると、集中力がものすごく必要で脳疲労が半端じゃないです。だから帰宅後にそのまま倒れるように寝てしまったことも頻繁にありましたね。

 

帰国、そしてビューズにジョイン

就労ビザが切れるタイミングで、次をどうするかと考えたときに、もっと知識や経験を増やしたいと思いそのまま残ることも考えたのですが、私はもともと「日本にスキルを持ち帰ってきて日本社会に活かしたい」という目的があったので帰国を選ぶことに。アメリカにはトータルで10年ほどいましたが、本当に良い経験をさせてもらいましたね。

そして2014年8月に帰国し、大阪・名古屋を中心に就職先を探していたところ、ビューズの前身会社と出会いました。

これまでの経験全体を通して、「クライアントの方たちって強いな、尊敬するなぁ」と感じています。

課題を目の当たりにしながらも、そこに対してしっかり取り組んでいく様子。改善志向で頑張る姿。自分と向き合うことは、相当な覚悟やエネルギーが必要なので、それができる人たちの凄さは印象として一番大きく感じます。

また、辛く感じたとかではないのですが、アメリカでカウンセリングをしている時に、やはりアジア人なので白人社会において合わない場面であったり、うまく対応できない時にカウンセラーを変えられてしまうこと。

変更は自由なので仕方ないのですが、そうした時に力不足を感じる時はありました。

やりがいに感じるところ

クライアント本人が自分のできることや能力に気づき、それが上手く使えるようになったり、出来なかったことが出来るようになって次に進めたときですね。私たちはそれを黒子のようにサポートするだけですが、「やはり人間ってすごいな!」「人って無限大だな」って感じれますし、それは大きなやりがいですよね。

 

この仕事の難しさ

支援の中でカウンセリングや面談の際には上手くいけそうな感じで話していたけれど、次の面談時には余計に落ち込んでいたりすることがあったりしますね。また、相手によっては個性的な捉え方をする方もいるので、意図としないことにつながっていってしまうケースもあるため難しいなと感じます。

 

心理士を目指す方達への激励

私たちの仕事は自分たちがサポートしたことによって、クライアントの可能性を増やしていく、出来ることが増えて人生を拓くお手伝いができる仕事だと思います。一方で、全ての人から受け入れられるような万能カウンセラーや心理士はいないと思いますので、可能な限りで、柔軟に地道に目の前のクライエントに向き合ってほしいなと思いますね。

当社のコンテンツをご覧になっていただき、共感をしていただけた方は 下記の各職種からエントリーをしてください。

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